アイリスの行方

 ほんの小さなできごと1





ピンチのときこそ、人は冷静に対処すべきである―――

そんな言葉を言ったのは誰だったのだろうか?
いや、書いてあったのか・・・?本に。


朦朧とする意識の中、少女はその言葉を思い出していた。

「ま・・・ずい、わ・・・」

ふらふらと酔っ払いのような足取りでなんとか少女は歩いている。

と、そこで少女は突然前のめりに倒れそうになる。

刹那―――

あっ・・・、と反射的に少女は思った。

そして、これから自分の身に起こりうることを悟ってしまった。


ガスッ!!という鈍い音。

次いで数秒後におとずれる、なんともいえない激しい痛み。


「ぐっ・・・・・・!」


あまりの痛みに少女は顔を顰めて呻く。
目の前にある看板を支えにして、うずくまりながら。

だが、少女は地面に激突したわけではなかった。

地面に激突することを避けるため、少女は近くの看板をつかんだ。


その結果―――


地面に激突するという危険を少女は回避することに成功した。

ならば、なぜ少女は呻いているのだろう?


なぜなら―――


少女には前のめりに倒れかかっていた事実があり、
なおかつその力を完全に殺すことができなかった。


つまり―――


少女は看板に頭から突っ込んだのである。


少女が呻くこと数分。

「・・・たんこぶとかできてそう・・・。
それよりも・・・・・・」


ぐぅ〜。


少女の腹が悲鳴をあげる。

はっきりとしたその音は嫌でも少女の耳に聞こえてしまう。


「・・・お腹、へった・・・・・・」


力なくそう呟いた少女はゆらりと立ち上がる。

そして、無意識に少女は人込みに目を向けた。


人々は歩く。

自分の目的がある方向へと。

そして、ある者は少女と視線があうと、しばし少女を見た後に
当たり前のように踵を返す。


ふぅ、と少女はため息をつく。


前からわかっていたことだ。

わかっていたことなんだ。


この世界は自分のような存在に優しくなどない、と―――


そのように感じるときはいつも、悲しさと寂しさのような感情が現れる。


「・・・どうして、こんな世界になっちゃったんだろう・・・?」


ひとり呟く少女に答える者はいない。


だが―――


突然少女は伏せていた目をカッと開けた。


(殺気・・・じゃない、みたいだけど・・・)


少女は背後から自分に向けられている視線に気付き、
振り返らずに思案する。


(わからない・・・。なら、これは何・・・?)


わからない。

だからこそ、気になるのだろうか?

こうして少女が考えている間も視線は変わることなく
少女に注がれ続けている。


(だったら・・・!)


少女は意を決して振り返った。


そこには―――


緑色の瞳をした男が立っていた。

何をするわけでもなく、少女をただじっと見つめていた。