アイリスの行方

ほんの小さなできごと4





「そもそも子供を脅して倒れさせるなんて
大人としてどうかと思うんだがな?」


明らかな軽蔑のまなざしで俺を見ながらもっともなことを言う医者。


「・・・俺もはじめはそんなことするつもりだったわけじゃねえ」


俺は頭をかいた。


気付いたら、そんなふうになってたんだよ。


意図していたわけじゃない。

ごく自然に、だ。


ああ、だけどな
めずらしく馬鹿みたいに楽しくて、馬鹿みたいに笑ったことは
それはそれは楽しかったな。


俺は心の中でほくそ笑んだ。

いや、もしかしたら表情に出てたかもしれないな。


どうやらそのとおりだったらしい。
呆れたように医者は俺を眺めながらこう言った。


「それは、ある意味もっとも性質が悪いな・・・」


あの子もとんだ災難にあったもんだ、
とわざとらしくため息をつく医者。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


俺は医者に言い返す言葉をもっているわけじゃない。

そもそも、言い返したかったわけじゃないが・・・。


俺自身、今回のことは明らかに自分が悪かったと思っている。


「・・・何も言い返さないんだな?」

「ああ」


言い返したとしても、それは言い訳にしかならない。

俺は、そんなのはごめんだ。


「まあ、お前らしくていいんじゃないか?
もし、言い訳でもしてたなら、俺はあの子にお前のあることないことの両方を
暴露してやろうと思っていたところだ」


ま、お前だったら言い訳なんてくだらないものを言わないとは思っていたがな、
と付け加えながらにやりと笑う医者。


(この野郎・・・・・・)





相変わらず、性格が悪い奴だ。


奴の名前はライアー。

この街にいる唯一の医者だ。

典型的な来る者拒まず、去る者追わずの状態を崩さない奴。

が、例外的に気に入った奴が怪我か病気に関わらず
治っていない状態でここを出ていこうとした場合は
手段を選ばずに止めにかかる。


そういう奴なんだよ。


こいつは医者って立場にいやがるくせに、
皆が皆に同じ態度なわけじゃない。

医者って仕事を趣味かなんかと思っていることは
まず間違いない。


こういう奴のことを、自分勝手って言うんだろうな・・・。

まあ、俺も人のこと言えた性格じゃないってことぐらいわかってるけどな。


「やあ、目が覚めたみたいだね。
気分はどうだい?」


いつもの口調とまるで違うきもちわりぃ口調でライアーは声をかけた。


俺がここまで背負ってきた緑色の髪をした少女に。


少女と目があった。


そして、俺はなぜか自分が笑っていることに気付いた―――