アイリスの行方

ほんの小さなできごと5





薬品の独特の匂いが少女の目を覚ます。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


少女はゆっくりとベッドから身を起こし、自分の状況を確認する。


(ここ、病院・・・?)


ふと気付いたふたつの存在。


少女は近くの机にあったメモを手に取る。


『眠気ざましにコーヒーなんてどうかな?
ちなみにブラック。
もし飲めそうになかったら別の方を飲むといいよ』


机の上にはふたつのカップ。


少女は少しの間をおいて左のカップを手に取り、
中身を口に含んだ。


(う・・・・・・)


苦みが口の中いっぱいに広がった。


(やっぱり、コーヒー苦手・・・)


少女はコーヒーがまったく飲めなかった。


少女は苦みに顔を歪めながら、素早く右のカップを手に取る。


今度は匂いをきちんと確かめてから、中身を口に含む。


口の中に甘く、やさしい味が広がった。


(わ、やっぱりこっちが好き・・・)


少女は嬉しそうに微笑む。


「そもそも子供を脅かして倒れさせるなんて、
大人としてどうかと思うんだがな?」


少女の耳にえらそうな男の声が聞こえる。


「・・・俺もはじめはそんなことするつもりだったわけじゃねえ」


こちらは聞き覚えがある声だった。


(さっきの人、だよね・・・)


次いで男が笑った。
ひどく楽しそうな声で。


「それは、ある意味もっとも性質が悪いな・・・」


えらそうな声の男は呆れているようだ。


少女は思案する。
今までの男達の会話を整理するために。


(つまり、私はあの人に終始からかわれていた、と。
・・・そういうことなのね・・・・・・)


あの男がイレイザーではなかったことに安堵すべきか、
それとも性質悪くからかわれたことに怒ればいいのか
少女の心境は複雑すぎた。


ついたてによって少女から彼らの姿は見えない。

彼らから少女の様子もわからない。

ただ、彼らの声が少女に聞こえるのみ。


(行こう・・・気は全然進まないけど・・・)


行くしかないんだ、と自分に言い聞かせながら
少女は歩いていく。


「やあ、目が覚めたみたいだね。
気分はどうだい?」


さわやかに白衣の男が少女に話しかける。


だが、少女に男の声は届いていなかった。


なぜなら、少女はあのとき自分に銃剣を突き付けた男と
目があった。


そして、男が自分を見てかすかに笑ったように
少女には思えた―――